中国の歌

その日は足繁く通っているバーがどこも閉まっていて、半ばやけくそになりながらネオン街をふらつき、とにかく酒が飲みたかったので適当にお店を決めて入ってみた。

客は僕しかいなかった。カウンターに座ると目の前にサーバーが見え、喉がごくりとなり「生ビール」と勢いよく言うと、店主は「ごめんなさい。うち数日前にオープンしたばかりでまだ瓶ビールしかないんですけどいいですか」と言った。

「もちろんです」

「ほんとすいません」

瓶ビールを小さなコップに注いでると、奥から女性が3人出てきて「いらっしゃいませー」と言いながら、それぞれカウンターの空いている席に-そこがまるで決められた位置のように-座った。その女の子たちに目をやると三人とも何も言わずニコっと笑うだけで不気味に思えた。店主はニコっと笑って「すいませんねぇ。この娘たち中国の娘たちなんですよ」と言った。笑いながら謝る人は信用出来ない、という何か本の一文を思い出した。

「中国ですか。日本語はわかるんですか」

「いや全く」

「どうしてこの店やろうと思ったんですか」

店主は「人生いろいろだよ」と言い、空いたコップに瓶ビールを注いでくれた。

僕は次にハイボールを頼んだ。ハイボールを待っていると、急にカラオケが流れ、女の子が中国語で歌い始めた。曲調がゆっくりとしたバラードだった。何を言ってるのかはわからないがとても気持ちよかった。歌い終わると思わず拍手をしてしまった。歌い終わった彼女は「シェイシェイ」と言った。酔いも少し回ってきたので唐突に自分が知っている中国語を発してみた。

「ファンインクァンリン」

日本語でいらっしゃいませという意味だ。彼女たちは声を揃えて「おー」と言って喜んでくれた。舞台で脚光を浴びるマジシャンのような気持ちになった。

日付が変わり、閉店の時間も少し過ぎていたのでお会計をした。千円とちょっとだったので驚いた。もっと払ってもいいぐらい居心地の良い空間だった。

帰り際、彼女たちはカタコトの日本語で「マタネー」と言い、手を振ってくれた。僕はニコっと笑ってみせた。こんなに気持ちのいい夜は滅多にない。