あした

お家を出てから1歩2歩って数える。小学校の校門に着くまでちゃんと数える。たまにわかんなくなる時もあるけどわかんなくなったら、まあいっか、ってなる。いつもだいたい800歩から820歩くらい。 帰り道は数えない。だって帰り道は拾わなきゃいけないものがあ…

救い

せめてもの救い、避けては通れない壁。今なら打ち明けられるという過去など、何の意味があるのだろう。あのときあの女の子に出会わなければ、あのときあの音楽に出会っていれば。ライブハウスの明かりはいつも肝心な場所を照らしてはくれないから、フロアー…

4月。僕は窓際で山尾三省の本を読んでいた。カーテンの隙間から光が射している。ソファーで山岸さんが寝ている。 上の階から文殊ちゃんが降りて来て、なんか苛々すると言った。僕に言ったのか独り言なのか分からなかったが、その苛立ちがどこから来ているの…

遠い生活

色が白い女の子だった。とにかく顔が好きだった。バドミントンが得意な女の子だった。少し目が細くてたまに眼鏡をかけていた。弓道をやっていたからか細くてスタイルがよかった。低い声も好きだった。ずっと眺めていたい。笑顔がとびっきり可愛かった。照れ…

春の夢

何もかもがめんどくさい。 人間関係。食事。排泄。生きても死んでも地獄。地獄から這い上がれる気がしない。 自分の中の何が他人を遠ざけているのか、わからなくなる。 店の中でタバコが吸える場所はないかと目で探しながら、すでに飲み終わったビールジョッ…

サンデーモーニング

私が「アイスコーヒーお願いします」と注文したときに、カウンターの向こうに立つ店員が不思議そうな顔を浮かべて言った。 「アイスでよろしいですか?ホットもございますが」 私は彼女の優しさに心から感謝しながら、「そうですよね、こんな真冬にアイスを…

ゆうた

コインランドリーのパイプ椅子に座り、目の前のテーブルに置いてあった自由にお使いくださいという紙が貼られた小さなカゴから洗濯ばさみを手に取った。それで左手の人差し指の爪あたりを挟み、周りを見渡した。薄汚れた茶色の棚に巻数がばらばらの漫画。そ…

真夜中。大きなビルの中。彼女の手を引っ張って走る。階段を上ったり下がったり。後ろから懐中電灯を持った紺色の制服の警備員。君たちちょっと待ちなさい。走る。息が上がる。彼女の靴が脱げる。拾う。階段の踊り場で息を潜める。くしゃみ。笑う。走る。転…

晴れのちくもり

見知らぬ街をぶらぶらと彷徨っていたらどこからともなく塩素の匂いがした。これは銭湯が近くにあるのかもしれないと思い、煙突が見えまいかと上を見ながら歩いていると後ろから「あ、危ない」と女性の声がした。立ち止まって振り返ると、灰色のコートを着た…

ライブ

朝、起きても昨夜の酒が抜けていないようで振り子のように頭がぐらぐらした。部屋に転がっている水のペットボトルを手に取り勢いよく飲んだ。生温い。 ライブが終わり、私は目を閉じた。 バンド編成で見たい。昨日のネギまの味がぶり返した。ギターポップが…

パーク

しっとりとした空気。少し手がかじかむような寒さ。風が冷たい。 街灯に照らされた電柱よりも大きな凹凸の多い木。 アコースティックギターの音、じゃりじゃりと砂利を踏んで歩く音、カモの鳴き声、若い男性の喋りごえ。 自転車から放たれるLEDのライト、公…

そこにいたはずの人

左右どちらを見ても人はいなかった。ゆらゆら揺れている吊り革と所々色落ちしている座席、窓ガラス越しに見える小さくも大きくもない山。 目的の駅に着くと、大介は「開」と書かれたボタンを押して電車から降りた。思いっきり空気を吸って思いっきり吐いた。…

野原

小学5年生の頃、同じクラスに野原慎之介という男の子がいた。彼は誰もが知っているであろう有名なアニメの主人公と読み方が一言一句同じということもあり、周囲の男の子からは、お父さんの名前はひろしなんだろ、お尻出して踊れよ、チョコビ好きなんだろ、な…

音楽

「お前は音楽に頼りすぎ」 最近言われてハッとした言葉だ。 昔からそうだった。好きというより精神安定剤などの薬を摂取するような感覚で音楽を聴いてきた。 サッカー一筋で生きていた小中学生の頃、試合の前には必ずMr.BigのTo Be With Youを聴いて気持ちを…

中国の歌

その日は足繁く通っているバーがどこも閉まっていて、半ばやけくそになりながらネオン街をふらつき、とにかく酒が飲みたかったので適当にお店を決めて入ってみた。 客は僕しかいなかった。カウンターに座ると目の前にサーバーが見え、喉がごくりとなり「生ビ…

エビフライ定食

とある定食屋、カップルが2人メニュー表を見ながら喋っている 女「うーん、迷うね」 男「俺はもう決めたよ」 女「え、なに?」 男「言わないよ。こういうことは言わないほうがいいじゃん」 女「いや、でも店員さんに伝えるときバレるよね」 男「そういうこと…

サイの気持ち、、、、翌日

朝起きると涙が流れていた。朝陽が眩しかった。俺は強くなんかなかった。自然に帰りたくなった。

サイの気持ち

みなもわかっているとは思うが俺は強いんだ。わかるか。この動物園の中で俺は1番強いんだ。そこらへんの奴らなんかよりずっと強いんだ。 でも、人間どもらは俺を馬鹿にする。馬鹿にするな。何を馬鹿にするかって?「サイのこの強靭な角は実は髭なんですぅ」…

ドライブデート

昔、当時住んでいた栃木市から千葉の海岸までドライブデートをしたことがあった。僕はそのとき19歳で免許は持っていなかったので助手席に座った。デート相手は僕より5つ上の女性でアルバイト先の先輩だった。 その日は朝から小雨が降っておりデート日和とは…

柚子

今日、散歩がてら彼女を連れて僕の実家に行った。今彼女と住んでいる家から僕の実家までは30分ほど歩いた場所にある。彼女を連れて行くのはこれで5回目だ。 なぜか実家では誰かのお祝いのように豪勢な食事が並んでいた。母に「今日何かあったっけ?」と聞い…

しゃぶしゃぶ

数年前、住んでいる街の駅前に屋台のラーメン屋があったので1度だけ入ったことがある。 帰る道すがら何度かその屋台を目にしたことはあったけれど、小心者の僕としては客の距離が近いし食べてるところを誰かに見られるのも嫌なので見て見ぬ振りをしていた。…

お人好し

かもめが鳴いている。私は1人ベンチに腰掛け、近寄ってきた猫に「寒いですね、もうすぐ春ですよ」なんて声をかけた。首輪をつけている。食べ物なんて持ち合わせていなかったので猫はシュンとして他のほうへと行った。 彼はいつものように上下灰色のスウェッ…

ライトフライ

職場に右田 (みぎた)という苗字の上司がいる。いつも珍しい苗字だなと思いながら名前を呼んでいる。先日、いつものように右田さんと名前を呼んだときに、ふと思った。もし右田さんが、恐らくいないだろうとは思うが、左田(ひだりた)という苗字の人と結婚する…

女のコからオンナへ

仕事帰りデパートの中にある本屋で雑誌を立ち読みしていたら、その本屋の丁度向かい側に最近オープンしたらしいコンタクトレンズ屋さんで店員が眼鏡をかけた女子中学生に対して身振り手振り熱心にコンタクトの説明をしている様子が見えた。女子中学生は女子…

ボブディランを敬愛する君へ

いきなりですが手紙書きますね。びっくりしないでください。どうですか神戸は寒いですか?きっと海が近いから寒いでしょうね。こちらもなかなか寒いです。手がかじかんで外では煙草も上手く吸えません。なんだか最近政府が喫煙者を排除しようとしているらし…

昔、親戚のおじさんに蝉を食べる人がいた。おじさん曰く蝉はカルシウムが豊富だから骨も強くなるし身長が伸びるから食べたほうがいいと。俺は嫌で嫌で食べれなかったけれど、もし、その時おじさんに言われるがまま蝉を食べていたら身長は伸びていたのだろう…